啄木と天満宮について
啄木の散歩コースであった盛岡天満宮。
狛犬さまは、今は啄木の歌碑のうえに鎮座しています。
啄木が書いた「葬列」という小説の中に天満宮と狛犬が登場いたします。
葬列 (前文省略)
天神山・・・ しんしんと生ひ茂つた杉木立に圍まれて、苔蒸せる石甃の兩側秋草の生ひ亂れた社前數十歩の庭には、ホカホカと心地よい秋の日影が落ちて居た。遠くで鷄の聲の聞えた許り、神寂びた宮居は寂然として居る。周匝にひゞく駒下駄の音を石甃に刻み乍ら、拜殿の前近く進んで、自分は圖らずも懷かしい舊知己の立つて居るのに氣付いた。舊知己とは、社前に相對してぬかづいて居る一双の石の狛である。詣づる人又人の手で撫でられて、其不恰好な頭は黒く膏光りがして居る。そして、其又顏といつたら、蓋し是れ天下の珍といふべきであらう。唯極めて無造作に凸凹を造へた丈けで醜くもあり、馬鹿氣ても居るが、克く見ると實に親しむべき愛嬌のある顏だ。全く世事を超越した高士の俤、イヤ、それよりも一段俗に離れた、俺は生れてから未だ世の中といふものが西にあるか東にあるか知らないのだ、と云つた樣な顏だ。自分は昔、よく友人と此處へ遊びに來ては、『石狛よ、汝も亦詩を解する奴だ。』とか、『石狛よ、汝も亦吾黨の士だ。』とか云つて、幾度も幾度も杖で此不恰好な頭を擲つたものだ。然し今日は、幸ひ杖を携へて居なかつたので、丁寧に手で撫でてやつた。目を轉ずると、杉の木立の隙から見える限り、野も山も美しく薄紅葉して居る。宛然一幅の風景畫の傑作だ。周匝には心地よい秋草の香が流れて居る。
◇ 松の風 夜昼ひびきぬ 人訪はぬ 山のほこらの 石馬の耳に
◇ 夏木立 中の杜の石馬も 汗する日なり 君をゆめみん